2024/04/03

さまざまのこと思い出す桜かな

「さまざまのこと思い出す桜かな」
 毎年この頃思い出す芭蕉の句 。
学生時代だと 三月卒業 四月は入学、、、 皆何かしら深い思い出があるのではないだろうか、、、。
私は卒業入学式の思い出どころか、
その時記憶すら殆どない。 
その頃、桜は咲いていたのだろうか ?
今度、友人に訊いてみたい、、、。 

この春 3月29日、 彫刻家の舟越桂さんが旅立たれた 。
作品も書かれる言葉も好きだった 。
作品集「水のゆくえ」は今も愛蔵書 。
こんな精神性、空気を目指したい、と
本気で手捻りで陶印を作っていた。
あまりにもおこがましく、あまりにも
 遠すぎた世界だったけれど 
あの頃の自分は本当にそう思った。
そしてそれは自分の青春、若さだろう。
私の強烈な思い出だ。

 この陶印「carpe diem」今日をつかむ 
 と刻した

2023/10/23

秋  祈り

ついこの間迄、夏 だったのに。 金木犀が香るのも、遅かっのに。 あっという間に すっかり秋。 セーターを着て、日暮れの早さに 家路を急ぎたくなるようになった。 今夜は、お鍋にしようかな とか。 紅葉も近い。秋思と秋の愉しみ。 帰る家がある 温かい食事をする 暖かいベッドで眠る。 普通の事のようで、普通でない。 日々ニュースでは、目を覆いたくなる 光景、惨状、不条理に、怒り 「どうにかならないのですか」と天に 向かい叫びたくなる。  美術館での展覧会に出品していた頃 書いていた、壁紙(へきし)と呼ぶ、2×3メートルくらいの大きな紙。 内側にある熱を出すには必要な紙だった。 もう、そんな大作を書かなくなり眠らせていた壁紙を取り出した、このくらい大きな紙でないと、この感情を受け止めてもらえない。 現在世界各地で起っていることを思うと 書かずにはいられなかった。 誰の役にも、なんの役にもならないけれど、 祈りの思いで、書いた。

2023/05/19

青葉若葉 京都ワ−クショップ

久しぶりの京都。 地下鉄東西線蹴上駅を出て、国際交流会館へ。書印刻道具をぱんぱんに詰めたキャリーを引き、疏水沿いを歩いた。汗ばむ陽気。 見上げた空は青く、山の緑は美しいグラデーション。まさに、芭蕉が表現した「青葉若葉」の景色。マスクをはずし、深呼吸した。 荷物は重いけれど、自分のワ−クショップを所望して下さる人達の処に出かける、こんな“小さな旅”が好きだ。 母国でも書を愛好している外国の方20名。 どんなに大切か、改めて感じた言葉。 川喜田半泥子のフレーズ「愛夢倶楽通志友」(I'm glad to see you)と「波和遊」(How are you?) 様々な書体書風を紹介してから、各人其々練習し、思い思いのイメージで色紙に書いた。漢字の意味に共感し、感じたイメージを表現して其々違った作品になっていた。仕上げに私の拙印を捺すと、とても喜んで下さった、この表情を見られると、とても嬉しい。

2023/02/20

桃花春風に笑む

「桃の花が春風に揺られ咲きほころんでいる」漢詩の中のことば              少し春めいた日もあるが桃の花が咲くのはまだまだ先                  それでも情景をイメージするだけでなんとなくうれしくなる                                                  桃の節句はいくつになってもたのしみな季。昨日は雨水しかも大安 お雛様を飾る格好の日 今年は  お内裏様だけにしようと取り出したが、三人官女の箱を覗くと  又一年、箱の中は気の毒だと取り出し飾ったそして結局五人囃子も随身も三仕丁もと。それぞれの持ち物はいいかげんで申し訳ないけれど    全員集合で仲良く並んでよかった    前に自刻したお雛様印のはがきを遠方の友人に送った
 

2023/01/25

瓢箪 ことばのない言霊

日々、ことばを書く 日々、ことばを刻す 自分にとってのことばは 文字だけでなく、形、線、 具象、抽象、なんでも心込めるもの。 形だけで、平安、吉祥を表現できる ものは沢山ある その中でも、 瓢、瓢箪は 不思議な外形に加えて、 空洞に霊的な何かが潜んでいるようで 神秘的に思う と感じながら、私はとてもふつうの、 よく云えば、素直なひょうたんの印を 刻る。石に刻したり、土を手びねりして。 印や書を楽しみに来てくださっている方の ご友人、丸黄うりほさんは webマガジン「花形文化通信」に「ひょうたん日記」を書かれています。 その真摯な情熱に感動し、小さな瓢印を作りご友人通じてお渡ししました。 丸黃さんはとても喜んで下さったと聞き嬉しかったのですが、思いもよらない事に「ひょうたん日記」に、載せて下さったのです。 過去のも未来のも読みたい、興味深く 楽しい日記です 瓢箪は 面白い、いいな~と思います

2023/01/02

新しい年

新しい年が始まった。佳き一年でありますように。。。祈る。 どんな思いで一年過ごそうか、、、、。 亀甲形青磁の水滴から 瓢形の硯に一滴垂らし  松煙墨をゆっくり磨る。  忙しくても 急いで心を騒々しくさせて いい墨色にならない。 いい字にならない。 書も印刻も正直だ。  自分をありのままに映すよう 。  やり直しも加工も出来ない。 手書きは 良くも悪くも その時の自分が伝わる。 よく見せようとか 繕うことなく 日々 「今」を生きようと新たに思った。
出会っている方々 まだ出会っていない方々  今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2022/10/16

ある秋の日 のこと

いつのまにか、うちの小さな庭では金木犀が咲いていた。 この甘い香りに、青梅に住まいされている書家 村木享子さんの処にお伺いした 日を思い出す。四方に多摩連山を望む、自然豊かな美しい山里だった。 かねてより先生の著作に感銘を受けていた私は 東京の書のイベント会場で 偶然お見掛けした先生に思わずお声かけした事がきっかけとなった。 書は勿論、彫刻、ルオーのミセレーレ、マテイスの素描、、、様々な芸術が溶け込んだ 風格のある書室。御岳山が見える窓際にはアンテイークのウインザーチェア。 日が落ちると 山々は黒い大きな影になり、吹く風にお庭の銀木犀はひときわ香り、 虫の音が響いていた。鉄の燭台に灯した明かりのみ。 此処で思索を重ね、書作の鍛錬をつくされていらっしゃるのかと感慨深かった。 交流のあった井上有一、森田子龍、ドイツでの個展など 様々な話をお聴きしたこと 村木先生のボンド墨と大筆で書したこと かけがえのない時間だったとつくづく思う。 一緒に何か書きましょうと、私がまず「秋」と書き、先生が「気」と書かれた全紙の一枚。
改めて見ると自身の拙な字に赤面するが、書は一期一会。 この「秋の日」が確かに紙の上に残された。